ロイヤル・シェイクスピア・カンパニー(RSC)は、名前のとおりシェイクスピアゆかりの劇団として日本でもよく知られています。イングランドのストラトフォード・アポン・エイヴォンを拠点に、ロイヤル・シェイクスピア・シアター(Royal Shakespear Theatre)、スワン・シアター(Swan Theatre)、ジ・アザー・プレイス(The Other Place)の3つの劇場施設があります。電車で行けば、ロンドンから約2時間程度で到着。シェイクスピアの生家(今は博物館)や埋葬されたHoly Trinity Churchもあり、多くの観光客が訪れます。そして、ここで創られた舞台はロンドンのバービカン・センター(注1)をはじめ国内外で上演されるのです。
今回は、この英国を代表する劇団RSCの活動を、財務状況に焦点を当てて紹介したいと思います。もちろん、RSC自体、その長い歴史の中で、組織強化や運営方針の刷新など様々な改革を行ってきていますが、ここでは運営の一端を表す収入構造に絞って確認していきます。
英国の文化政策、特にArts Council of England(ACE)の補助制度はここ20年で大きく様変わりしました。ざっくりいうと、これまでのハイアーツ、旗艦的な芸術団体への手厚い補助から、社会的インパクトを重視、ロンドン以外の地方重視、そして多様で多彩な新しい団体を育成する助成へと移行しつつあると言ってよいかと思います(注2,注3)。New Public Managementに代表される住民サービスと費用対効果の向上、効率化を図るという流れの中で、ACEも変化せざるを得なかったとも言えますが、よりポジティブに解釈すると、社会全体を文化で底上げするということかもしれません。大きな成果を上げたとされる2012年のロンドンオリンピック、未曽有のパンデミックなどを経ながら、英国のFlagshipといえるRSCはこの政策的変化にどう対応したのでしょうか。
RSCは、登録チャリティ(registered charities)で、国王が法人格を与える勅許により設立された民間非営利団体であり、そのミッションは、一貫して、シェイクスピア演劇の普及と浸透です。ただ、年報を注意深く読んでいくと、このミッションを達成するための新たな工夫やいくつかの方向性が浮かび上がってくるように思います。
約20年前の年次報告2004/2005(注4)では、収入総額29.4£M(2,940万ポンド:当時の年間平均為替レート約198円換算で約58億2千万円)のうち、最大の財源はACEからの補助金で、13.9£M(1,390万ポンド:27億5千万円)、全体の47%を占め、興行収入(Box office income)の12.1£M(24億万円)を上回っていました。会員等からの寄付(Development)が1.5£M(3億円)で、補助金と興行収入でほぼ9割、自主財源からの収入はかろうじて過半に届くという構造です。
一方、2023/2024(注5)では、総収入は、92.1£M(2024年の為替レート約193円:約177億8千万円)で、ここ20年で3倍強になりました。最も大きな収入源は、興行収入で58.2£M(112億3千万円)、全体の63%に上り、4.8倍になっています。UK全体でのべ160万人を超える観客があり、2004/2005シーズンの56万人から大きく伸びています(注5, 注6)。財政的にもチケットを購入してくれる観客に支えられている現状が見えるでしょう。TIKTOKとの連携によって、14~25歳の若い世代には10ポンド(2025年の18~20歳の最低賃金と同額:注7)でチケットを売るなど、若年層への訴求も高めています。一方、ACEからの補助金は15.3£M(29億5千万円)で、全体の16.6%を占め、今でも大きな金額ではありますが、総収入に占める割合はだいぶ下がりました。さらに、個人、会員、メセナ、基金からの利金等を加えた資金調達(Development income)は9£M(約17億4千万円)、教育、観光、デジタル技術の分野で様々な共同事業、長期的なパートナーシップを展開による利益(subsidiaries, joint ventures & other trading activities)は5.7£M(約11億円)。ホテルやクルーズ船などとの提携や、大学との教育上の協働、デジタル技術共同開発なども手掛け、幅広く収益を得る努力をしているといってよいでしょう。ちなみに、ライセンス料や著作権使用料(Royalties & other income)は3.9£M(約7億5千万円)となっています。以上を合わせると、このシーズンの自主財源比率は83%を超えました。
自主財源収益の拡大と多角化が着実に進む中、公的助成額はほぼ横ばいです。長くデフレが続いた日本とは異なり、英国では、パンデミックやブレグジットなど様々な要因で一時インフレ率が10%を超える時期もありましたが、今世紀初頭からの長期トレンドでみれば、ほぼ毎年2%程度のインフレ率で推移しているようです。このインフレ分も加味すると実質的な公的支援は大幅に低下していると言えます。
内容面では、舞台制作は一貫して大きな財源が充当されていますが、特筆すべきは、学校、教育分野との連携でしょう。学校連携や、RSC Learningと呼ばれる演劇を通じた教育カリキュラムは早くに始まりましたが、2023/2024シーズンでは、1,400を超える学校、50万人を超える学生が参加、オンラインプラットフォームでの利用は200万人を突破したとされています(注6)。舞台制作に注力し、自らの顧客をしっかり確保すると同時に、教育普及活動を通じて社会的価値を高めつつ、将来の観客、アーティスト、支援者を育成する、こういった道筋が見えているようです。
興行収入は様々な要因で大きく変動します。また、COVID-19パンデミックの際に借入れたculture recovery fund loanは、猶予の4年が過ぎ、毎年1.5£Mを返済していく必要がありますし(注5)、解雇に関わるニュースも伝わってきました(注8)。ミッションにあるように、21世紀の劇団として、しっかり稼いで(growing our income)、寛容な社会を目指す灯台(becoming a beacon for a new world, which is generous, embracing and humble)として活動を継続していってもらいたいものです。
注1 1982年開館。ロンドン東部にある欧州最大の総合文化センター兼コンファレンス会場。コンサートホールは、ロンドン交響楽団の拠点。バービカン・シアターはRSCのロンドンの本拠地 (Londond Home)で、そもそもRSCのロンドン公演拠点として設計され、RSCが2002年まで常駐、一旦撤退、2013年以降再びRSCが定期的に作品を上演するロンドンの拠点となっています。2028年から改修のために1年間閉館する予定。
注3 https://www.artscouncil.org.uk/lets-create/strategy-2020-2030
注4 https://cdn2.rsc.org.uk/sitefinity/corporate/rsc-annualreport2004-05.pdf?sfvrsn=bb535f21_2
注5 https://cdn2.rsc.org.uk/sitefinity/corporate/annual-review-23-24.pdf
注6 https://www.rsc.org.uk/about-us/our-impact
注7 https://www.gov.uk/national-minimum-wage-rates 21歳以上は12£強、2026年から賃上げ予定。